事業によって人や社会の困りごとを解決することをその会社内で共有し、その目的を果たすために積極的に協力しながら仕事をしていくことを「協働の自発性」といいます。より簡単に言えば、会社で働く仲間が目標に向かって一致団結し、助け合いながら仕事をするということです。
当たり前だと思われるかもしれませんが、案外できていない、思ったほどうまくいかないことの方が多いのです。
その原因はコミュニケーションであり、仮にそれぞれ目的を共有していたとしてもコミュニケーションが適切に図られなければ「協働の自発性」も上手く発揮できない、つまり求める結果成果が得られないということです。中には会社内の雰囲気も良く社員同士仲が良いのでコミュニケーションに問題は無いと考える方もいるかもしれませんが、仲が良ければ適切なコミュニケーションができているとは必ずしも言えません。なぜならコミュニケーションには「質」があり、それはTPOによって決まるからです。
TPOとは主に人と会う時の服装選びなどマナーにおいて使われますが、Time(時間)、Place(場所)、 Occasion(場合)の略で「時と場所と場合(によって選ぶ)」ことを言います。コミュニケーションも人と人の間で交わされるものですから、TPOによってその「質」は変わってきますし変えなければいけません。このことから仲が良ければ適切なコミュニケーションができているとは限らないというわけです。
『ハドソン川の奇跡』として映画にもなったアメリカでの飛行機事故をご存知でしょうか?2009年に起こったこの事故は、発生からハドソン川に着水するまでの5分足らずというわずかな時間に機長と副機長が最適な判断を下したことで乗員乗客155名全員の命を守ったという出来事です。
恐らくこれだけを聞いた人は機長が神がかり的な技術で機体を操縦し無事に着水させたことが最大の理由だと思うでしょう。しかし、事故の概要はそれほど単純なものではなく、ニューヨーク州のいわゆる都会にある空港から離陸した直後に左右両方のエンジンに鳥が吸い込まれたことによって故障しストップしてしまうという、最悪の状況から始まっています。つまり都会の上空に今にも落ちそうな飛行機が飛んでいるというのです。
元の空港に戻るのか、それともより近い空港に降りるのか、そのためにもどちらかのエンジンが再始動できないかなど、わずかな時間でも決断していかないといけないことがたくさんあります。結果的に近くを流れる大きなハドソン川があり無事に着水できたわけですが、事故によって大型旅客機が水面上に無事に着水できた例はほとんどないため、基本は空港に着陸することを優先します。つまりハドソン川に着水するのは最後の手段であり、機長にとっては賭けだったのです。
実はアメリカではそれより以前にやはり多数の犠牲者を出した飛行機墜落事故があり、それが引き金である訓練が定期的に行われるようになりました。機長と副機長がシュミレータで実際の航路を飛んでもらい、その途中でいくつかの問題が発生するのでそれを二人でどのように対処すべきかをテストするものです。
この訓練の引き金となった墜落事故の原因は燃料切れという信じられないものでした。それも燃料が漏れたなどではなく、着陸用の車輪が正しく出なかったという故障、実はこれもエラーを示す計器の故障で車輪は問題なかった、その一部の問題に気を取られた機長が悩み続けているうちに燃料が切れて墜落したという正に最悪の惨事だったのです。
この時機長の他に副機長と計器を監視するクルーがいて、機長に燃料が残りわずかであることを伝えていましたが、機長はその警告を考慮せず自分の考えに固執し判断を間違えたというものです。この事故後に問題視されたのは機長と副機長の関係性とコミュニケーションでした。それまでは機長に絶対的な権限があり、それ以外は意見をすることができない関係性にあり、それが適切なコミュニケーションの妨げとなって事故を引き起こしてしまった。ハドソン川に着水できた機長らはこの訓練を受けていたことから、事故に遭遇した際にも二人で優先順位を確認し役割分担をして、咄嗟のことにほんの僅かな時間で対処できたということです。
飛行機事故という究極の状況において求められるコミュニケーションとはどのようなものでしょうか。それは情報と意図の共有だと言います。コミュニケーションで情報を共有するというのは一般的ですが、ここに意図の共有が入るのはどういうことなのか。先ほどの機長らも短時間で確認すべきことやるべきことがたくさんあり、一人でやることはできないためまず優先順位を決めて一つずつ対処していきますが、それを二人で役割分担をしてやっていくことになります。この時に重要なのが行う作業の決断を瞬時にするために互いの考えを一致させる必要があります。だからこそ互いに役割の中での状況確認の中で「こういう状況だから、こうする方が有利だ」など自分の意図を明確に伝えることが重要なのです。
ここで大切なのが、機長と副機長の関係性です。以前のような上下関係、いわばカーストのような関係性にあればそのようなコミュニケーションは取れません。かといって遊び友達のような関係であってもお互いに甘えや遠慮が出てくるので適切ではありません。お互いがビジネスのプロとして認め、ビジネスパートナーであることを確認しあっている、つまりしっかりとした信頼関係にあることが大事です。
これはパイロットのような特殊な仕事だけの話ではありません。飛行機事故は確かに究極ですが、それ以外の企業の働く現場においても大なり小なり事故は起きます。その場合でも関わる人、同じ職場にいる上司・部下、先輩・後輩・同僚など様々な人と仕事をしているわけですから、コミュニケーションによる情報と意図の共有は問題を乗り越える上でやはり重要です。そしてその時のために職場の中での信頼関係はとても重要ですし、その信頼関係を構築する上でも普段からコミュニケーションを通じてそれぞれの情報を共有しておくことも大切なことです。